北田勝久、王道を往く!

熱く!パワフルに!そして時にはホロリ…とする北田の毎日の”なるほど”のおすそわけ。

闘病記 (1) ~ 生まれつきの心疾患

[2012/7/22 14:22.21 | Comments(1)]

励ましのメールと一緒に、「闘病記、楽しみにしています!」
というメールもいただき、少々緊張気味に、闘病記を
書かせていただきます。

「北田と長い付き合いなのに、そんな話聞いてないよ!」
という内容もありますが、笑いながら読んでやってください!
 
そして、同年代で同じように闘病中、健康に不安のある方、
一緒に頑張りましょう!!!
 
 
さて、今回の手術についてお話する前に、子供の頃の話も
させていただく必要があるので、少しお付き合いください。
 
 
僕は生後3ヶ月で声が出なくなったそうです。
大粒の涙を流して、大きな口を開けて泣いているのに
泣き声が出ていない。

両親はすぐに病院に連れていったところ、
心室中隔欠損」という先天性心疾患で、心臓の右心室と
左心室の間の壁に穴が開いていて、これから体に
送り出される綺麗な血液と、体から戻ってきた汚れた
血液とが混ざってしまっている病気だとわかりました。
「手術しないで放っておくと、20歳くらいまでしか、
 生きられない。」
とお医者さんから言われたそうです。
 
両親は、「手術しなくても大丈夫!」と言ってくれる
お医者さんはいないか?と、いろんな病院に僕を
連れて行きましたが、どこでも言われることは・・・。
 
確か、小学校1年生の時だったと思います。
和歌山県立医科大学病院に検査入院した時のこと。
検査後、お医者さんが両親に「手術をさせて欲しい!」と
言ったらしいのですが、当時は、手術の成功事例が
1件もなく、両親は、「子供を殺される!」と思って
夜中に病院を脱走したことがありました。
子供ながらに父親に抱かれて、病室を出たことが
今でも鮮明に脳裏に焼きついています。
 
2年後(小学校3年生)、ある方のご紹介で、神戸大学
医学部付属病院の麻田教授(当時、東大病院の榊原教授と
並んで、心臓外科で有名な先生です。)に診てもらう機会が
ありました。
両親はやはり、「手術しなくても良い。」という返事を
期待していたようですが、
「このままだと20歳くらいまでしか、生きられない。
 成功事例もありますから、すぐに手術しましょう!」
と言われたようです。
 
数ヵ月後、僕は両親に呼ばれて、
「お前、手術するか?」
「うん!する!」
両親は、僕の生きるか?死ぬか?を悩んでの質問
だったと思いますが、僕はというと、心臓病のせいで
体育の時間や運動会は、いつも見学で、とにかく
「みんなと一緒に体育の授業を受けたい!
 手術すればみんなと一緒にできる!」
という気持ちが強かったように思います。
 
そして、小学校3年生から4年生に進級する春休み
精密検査&手術を受け、手術後1ヶ月で退院、
手術前に自分の胸に手を当てると、「ザーザー」
という血液が漏れるような雑音が聞こえていましたが
手術後はそれが聞こえなくなり、子供心なりに
「治ったーー!」と思ったのを覚えています。
また、術後、これと言った苦痛もなく、「こんなもの?」
と思うくらい、順調に回復していきました。
 
同じ時期に同じ病院で手術をした人の中には
亡くなった人もいることを考えると、僕は本当に
ラッキーだったと思います。

また、手術の時は、たくさんの方々のお世話になりました。
輸血のための血液確保のために、親族だけでなく、町役場や
親戚の人の会社の人たちまで、輸血を申し出てくださって
本当にいくら感謝してもしきれないくらいです。

 
お陰様で、手術1年後には、「どんなスポーツをやってもOK!」
という許可が出て、小学校6年生で少年野球、
中学・高校では、陸上競技(短距離)をやることできました。
特に、高校時代は必死にグランドを走り回っていました。

多分、高校時代以降に知り合った人は、僕が心臓手術を
していることを、知らない人もたくさんいると思います。
(聞かれないと話してないので・・・)

 
その後、大学、就職と、心臓の手術をしたことなんて
自分でも忘れてしまうくらい、何でもやりたい放題の
生活を続けてきました。
「20歳までしか生きられない!」と言われた男が
20歳の倍以上、3倍近くまで・・・生きてきた。

唯一、40歳頃から血圧が高めで、血圧を下げる薬を
飲み始めたくらい(?)でした。
 
「毎年健康診断を受けていて、何も言われないから
 血圧が高いくらい大したことではない!」
「心臓が悪くなっていることは考えたくない!」
という気持ちもあったかもしれません。
 
9歳で心臓の手術をしてから、44年間が過ぎ、
53歳になった昨年末に、「これはやばいかも?」
と思い始めるのでした。
 
そして、子供の頃の手術も、今回の手術に多かれ
少なかれ影響を与えることになったようです。
 
 
次回は、「病気の発覚と精密検査」について
書かせていただきます。
 

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Comment(1)

北田さんといえば「ネアカな人」と言う印象でしたが、幼少期に貴重な体験をされてたんですね。手術を快諾したあたりにネアカさを感じます。また、粘り強さも感じますが、子供のときから乗り越えたものがあるんですね。小学校のときアッチャンという女の子がいました。いつも体育は見学で、自分は20歳まで生きられないかも知れないと言ってました。6年生のとき、女子医大の榊原先生(?)の手術を受けました。2-3ヶ月は休んでたと思います。中学は引っ越してどこか遠くへ行ってしまい、その後の消息を知りませんでした。数年前に小学校のクラス会があって、アッチャンに会いました。感激。すっかり50代のオバちゃんになってました。子供3人いるとか。。。医学の力、すごいですね。

  • 2012/7/22 15:09.21
  • 倉石太郎

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